旅人文化ブログなんでも版

旅ってなんだ? 旅人ってどんな人?
よく分からないけど、旅って面白い!
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旅の本

本の片付けをすると、だいたいいつも途中で手が止まってしまう。
今日も手元に残す本と売ってしまう本の選別をしていたのだけど、ほとんど、ペラペラとページをめくって時間がすぎてしまった。



旅行関係の本もいろいろ。
でもそのほとんどはだいぶ古くなってきました。
「サハラに死す」の文庫本あとがきを読むと、著者の長尾さんが1976年に南太平洋を旅行した際、そこで出会った、世界を一人で旅している日本の若者たちのほとんどが、この本を読んでいたことに驚かされた、と書いています。

私自身、熱心な読書家ではないので、旅行中や前に読んで影響を受けたということはなく、雑誌の記事を書くお手伝いをしたときに題材として取り上げた中のひとつとしてこの本を読みました。正直私たちの世代にしても、あまりに壮絶ですが、一人旅を長くする時の心情の揺れのようなものはよく分かる。

単行本は、大村一郎さんのシルクロードを徒歩で旅した記録。大村さんとは以前よく話しをする機会がありましたが、一見大冒険をしたようには見えない物腰柔らかな方。

このころの旅は随分のんびりしていましたね。最近はどうも旅そのものも忙しくなっているような気がしますが、その良し悪しは別として、時に立ち止まってもいいから、人生を考える時間が持てる余裕が、この社会にもあるといいなぁと考えてしまいます。

今時の二十歳前後の人たちは、こういう本は読んでいるのかなぁ。私たちの頃はいろいろな人に勧められたり、旅の途中で本を交換したり、そんな具合でしたが、今も変わらないのかしら。


まだ20代前半だった私は、雑誌の記事を書く為、せっせと付箋をはり、線を引いて、がんばってあれこれ読んでいました。線を引いてあるところを見ると、あれこれ若者らしい悩みを抱えていたんだなぁと、少し笑ってしまいます。

とはいえ、今でもあんまり変わっていないんですが。

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サボっている間に時代はどんどん変わっていく

仕事が忙しいということを言い訳に、このブログもずいぶんと放置状態。が、振り返ると2006年からアレコレと書いて来た。
その間、惰性のように、昨日と今日と明日の違いがあんまり分からない日常を送っているような気がしつつも、それでも振り返ると世の中はずいぶんと変わった。
旅に関しても、少なくとも、私が今生活をしている日本においては、私の旅の価値観というものはすっかり古くさいものと言われるようになった。

去年末にイランに行った時に、世界のあちこちの旅人・旅行者に出会った。
私の、イランを旅する「ザ・ニッポン人」というイメージは、去年現地で出会った日本人の大多数には当てはまらず、かわりにアジア人で言えば、中国、韓国、台湾、香港の人たちが、私が旅をしていたころの旅行者に近いにおいがした。とはいえ、もちろん、あの頃には無かったインターネットというツールがある限り、全世界的に旅は変化している。

それにしても、ヨーロッパの人たちは昔と変わらない、ごくつぶし的、あるいは放浪に近い旅行者に相変わらずあちこちで出会うことができるのに、日本人は何しろタスクをこなすのに忙しいといった印象が強い人たちに多く出会う。どちらでもかまわないんだけど、いったいあれで面白いのかなぁ、と疑問に思ってしまう。

きっとどこか別の場所に日本人の旅人は行っているんだろうと思ったら、最近はインドのバラナシでも日本人はすっかりいなくなったという話を聞いた。これが意味するのは、やっぱり、旅で見たいもの感じたいもの、というものが確実に変わったということなんだろうと思う。

思えば、海外を行き来したり、旅に関わる仕事もしたりと18年くらい。
それは変わるよねぇ。
18年前にもっともっと昔から旅をしていた人たちの話を、すごーい!って目を輝かせながら聞いていた自分を思い出してみる。
そういう気持ちは今でもあんまり変わらないなぁ。

はて、ひとつ。
古くさい旅をしている人たちは、未だにあちこちにいるのだけれど、結局のところ、自分のために旅をしているだけだから情報として外に出ないのですね。情報がちょっと偏っているかなと感じる時に、もっともっと、そういう話が出てくると面白いんじゃないかなぁ、と思いつつ、自分も結局サボってしまうのですねぇ。はあ。
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小雨の日の風景

傘をさす人とささない人が半々くらいのある日、中野駅南口。

私は傘をささずに駅からの交差点を渡ったところで、キャバクラか外国人パブのティッシュ配りのお兄ちゃんと目があった。
身長と短髪のおかげで夜だとかなりの確立で呼び込みやらに引っかかる私だけど、昼間はさすがに軽く口角を上げてみれば女だと分かってもらえる。テッシュを差し出す手が止まった。

そのテッシュ、私の前を歩いていた老夫婦のおじいさんが受け取っていたのをそっと見ていた。

おじいさんは受け取る瞬間にスピードをゆるめ、おばあさんの少し後ろを歩くことになった。おばあさんは何も気にせずに交差点で信号を待ち始める。おじいさんはそっとティッシュの広告に目をとめて、ハッとした顔をして少しだけ周りをキョロキョロ見渡した。その後、さっとそのテッシュをポケットに突っ込んで、信号待ちをするおばあさんの横に並んだ。

だがおじいさん、何やら緊張した様子。
ティッシュを入れたポケットから手を出せない。
おばあさんが何やらおじいさんに話しかける。雨のことでも話しているのか私には聞こえないけれど、おばあさんの表情はにこやかだ。
おじいさんは緊張しながらも笑顔で応対しているが、手とポケットは一体化してしまったように離れない。

信号が青に変わり、二人は横断歩道を傘をささずに一緒に歩いていった。
おじいさんがポケットから手を出すのは最後まで確認できなかったな。


日常を旅の気持ちで過ごすと、こんな風景にはよく出会います。
別になんてことないんだけど、いいなって。
久々の更新で、意味がないことを書いてみました。
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イラン旅行中 キャミール砂漠

ようやくWiFi環境に戻ってきました。私は元々アナログ旅行者なので問題ないですが、FacebookはもとよりLINEも駄目なところが多いですね。

三泊したキャミール砂漠を出てヤズドそして今日シラーズです。


キャミール砂漠のソルトレイクで。
サンセット後の星がすごくきれいでしたよ。


宿にいる黒ねこ。人間が大好き。


夜な夜なこんな感じ。
とても良い人たちに出会えました。


出発の日の日の出。
大自然に癒されきました。

明日は今日宿で出会った人たちと一緒にペルセポリス遺跡へ。
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イラン旅中です

休暇をいただき、今話題の国イランです。

元アメリカ大使館周辺はとっても平和にみえました。


中年の体に鞭打って、フライト疲れが残ったまま18時間ほどバスに揺られてペルシャ湾の方へ。
ミナブという街の木曜バザールをみに。そこで出会った家族に自宅へ招待されてお昼ご飯いただきました。
イランの人たちはとても優しいです。セクハラもちょっとあるけどかわいいもんです。

移動が多くなりそうでWi-Fiも微妙であまり投稿できそうにないですが、できればまた現地リポートします。
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怪我の功名

もしかしたら、書いたもの全部無くしちゃったかも。
久々に旅人文化のページを開いてみたら、データがすっかりなくなっている。
ずいぶん長い間いろんなことでせわしなくて、文章を書くという思考と作業ができない時期が続いていた。
大好きなビョークが東京にライブに来たというのも終わった後から知ったし、個人的な時間がどこかしらでストップしていた。

そんな感覚からようやく抜け出してきた気がして、またここに何か書けそうだなとこの週末にふと思った。いつもの週末と同じく地下鉄に乗り、九段下駅で乗り換える。この時に職業人としての自分が切り替わる。写真屋さんに切り替わった自分が、まずは写真のことを書いてみよう、と帰り道に思っていた。

と、張り切ってみたはいいものの、なんとこれまで書いたものすべてが出てこない。
もしや。。サーバーの期限が終わってしまって消えてしまったんだろうか。2006年にはじめてからそこそこ記事をたくさん書いた。内容はたいしたことけれど、それでも年月をかけて積み上げてきたものが、自分のうっかりでいつの間にか消えてしまうのは寂しい気がする。
冷や汗をかきながらレンタルサーバーにログインしてみる。自分が記録しているパスワードでうまく入れない。これはもう終わりか、と思いながら、パスワードの再確認をしてみるとこれができた。
 
結局、支払い期限が切れていて、一時的にストップという処置が取られていただけで、データ自体はまだ残っていた。いつもならコンビニ払いで支払っていたけれど、今回ばかりはクレジットで。すぐに回復して一安心。
 
部屋にたまっている何年も読まない本、着ない服、使わない物なんかと同じで、それが本当にないとダメなのかと思えば、全然そんなことない。実際に私は今までの人生で2回ほど自分の物理的な私物をほとんど失っているけれど、それで人生がダメになったかといえばまったくそんなコトはない。そしてその時のことを思い出してみて、失った「モノ」で寂しいなという感覚で覚えているのは、一度目は中学の時に吹奏楽でつかっていた楽譜、二度目は母親が若いときに着ていた着物。それ以外のもので寂しいなと思ったかどうかは思い出せないくらい。

ま、でも、絶え間なく続いている日常だと、そういう悟った気持ちもなかなか持ち続けられないもので、やっぱりなくなっちゃうといやですね。ということで、残ってて良かったぁ。

さて、写真の話。
私は撮影仕事の時は準備にあたって、まずカメラのセッティングとチェックをしてから、手洗いに行き、その後ストレッチという手順をほぼ規則正しく行う。その間はできるだけ人と雑談はしない。撮影に関することは話すけれど、別の話が入ってくると集中力が高まってこないから、せっせとストレッチをする。

けれども先週は研修生を教える任務があり、なんとストレッチをしないで撮影本番に入ってしまった。
そして、その撮影の翌朝。あらま、肩から腕にかけて痛みが。。ちょっと動かすだけで痛い。こ、これはっ、もしや、噂の四十肩っ!(汗)

さすがに30代も後半になると、体にもそれなりにガタが来てもおかしくないので仕方ない。でもやっぱりちょっとショックだなぁ。

しかし、です。
怪我の功名って、こういうことをいうのか、ってね。

右の肩や腕の痛みを抑えて撮影するためには、右肩にかかっていた負荷を左に持って行く必要がある。
そう思ってバランスを変えてみたところ、それまでのホールディングがやや無理があるというのが分かって来た。

そして左に極力重心をおくことで、以前フィルムカメラ時代につかっていたEOS1時代のバランスを思い出す。あのときはほぼパーフェクトで、カメラたこなんて出来なかった。マーク靴任發匹Δ砲同じようなバランスで撮影できないか、と構えてみる。なかなか難しいんだけど、そうしているとなんと写真自体が若干変わった。たったそれだけでほんの少し写真が良くなった。どう良くなったとかは感覚的なところもあるから説明が難しいんだけど。
 
経験とか、体に身についたものとか、習慣とか。
それがあるから仕事が長く続けられているんだけど。
でもこういう時に「身についたと思っていたコト」が、もっと良いものを創り出す邪魔をしていることにもなっていたりするっていうのに、日常では気がつかないものだなぁ、と思いました。

そういうわけで、そろそろ一人旅にでも出て、日常で忘れているコトを思い出しに行こうかななんて思っています。
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パソコンの遅さ、それから配管のつまり

「私、旅行中だから全然気にしないわ」
もう10年くらい前のパソコンでインターネットをしながら、ドイツから来た彼女はほんの少しだけ微笑んで言いました。

ゲストハウスのゲスト用のパソコン。
無料で使えるとはいえ、とにかく遅い。今時、そんなに遅いパソコンを見つける方が難しいかもしれないってくらいに遅い。

「メールをチェックするだけだから」
そう言って彼女はほんの1秒もイラっとしない。
「これが仕事してるんだったら、大問題だけどね」

今日より明日は、もっと早く、もっとたくさん、あれもこれも、とも言えるような日常を送っていると、ふとこうした会話で、旅に出た時の自分を思い出します。


さて、私が住んでいる部屋は、築年数が私よりも古いから、なかなか良い感じに年季が入っています。昔の建物では当たり前ですが、配水管が細くて、注意して使わないと詰まってしまいます。
長年、注意して、気をつかって水を流していたのですが、ここほんのしばらく注意を怠ったら、あっという間に詰まってしまいました。

配管工事も自分で経験済みなので、まずは見られる部分だけ、どこの配管がどのように繋がっているのかチェック。無理矢理に付け足してある配管もあり、どこが一番高くなっているのかなども、一斉に水を流してみてチェック。

それから、スッポンや、グリグリパイプ(正式名知らないです)を駆使して、あれこれやってみる。

そうこうしていると、つまりはまだ解消されないけれど、配管の仕組みやら、何がどこら辺で詰まっているのか、こっちでスッポンするとあっちに押し出されるっていうことが分かってきて、そういうひとつひとつが面白くなってくる。

つまりが解消されなくって、何が面白いのさっ!って思われそうですが、なんとなく、これってパソコン遅くてもいいよ、別にっていうのと同じような気がしました。

結局のところ、時間を無駄遣いするっていうのは、何の役にも立たないし、誰のためにもならないけれど、面白い。

旅なんてものは、その最たるものであるっていう風に思ったり。

あ、でもつまりが解消されないと困るので、そろそろ焦らなくちゃいけないな。あと、ゲストハウスのパソコンを新しくしなくちゃいけないな。これが現実の生活との折り合い。
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旅から帰り、日本の空気に慣れるまで

8月に1ヶ月の旅を終えて、もう3ヶ月になる。 途中、仕事でバンコクに行ったりもしていたけれど、基本的には旅に出る前と同様に東京での生活を日々送っている。そして予想通り、日本の空気に慣れるのに未だにとても苦労している。

約3年間パスポートが切れた状態であったので、今年は本当に久しぶりに旅行に出かけて、この一つ前の記事にあるとおり、ほぼ100%の時間を楽しみ尽くしてきた。 一方でこの反動は結構きついかもしれない、と考えてもいたけどそれは間違いなく、基本、東京では仕事を中心に生活をしている自分としては、なかなか旅人としての自分の気持ちをおさえていくのが大変なのですね。

仕事は嫌いなわけではないけれど、どうも目の前のこと、ひとつひとつに集中していくことができる時間が、この街での生活では難しいのではないか、と勝手に疑ってしまう。
これは自分の力量の問題なのか、あるいは環境の問題なのか、というところでも行ったり来たり。 ひとつは女性としての年齢の区切りがあることも大きいのだと思う。

事業を営んで、なおかつ旅をして写真を撮って、そういう生き方を10年以上。 自営業でなくとも、旅行者でなくとも、ここはいくらか考えるポイントなのでしょうね、きっと。

でも旅行が好きな人間として考えてみる時、世界中のどこに行ったとしても、今の生身の自分からは逃げられないということをよくよく分かっているからこそ、東京での生活との折り合い地点を見つけることにあれこれと苦心をする。
これは多くの旅行者が通過することかと思います。

旅人目線で書くと、このようになかなかこの社会は厳しく大変であるのですが、それでもやっぱり悪くはない、と思うのは、こんなにも平和であるということを受け入れればとても幸せな気持ちになれる、ということでしょうか。

最近、時々体を動かしに出かける、朝の公園で集まっているおじさんたちの会話を聞いていると、世界中、どこに行っても、おじさんたちはおじさんたちの会話をして、おばさんたちはおばさんたちの会話をして、それを毎日繰り返していられるということが、なんかすごいことなんだなぁ、という気持ちになるのでした。

さて今日も行ったり来たりしながら、そろそろ、おばさんかもしれない会話をしましょうか。
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1ヶ月、9カ国を駆け巡った旅を終えて。

旅の3日目。
グルジアのカズベキという街で、丘の上にある教会を見にトレッキング。
そして宿に戻り、どのタイミングだったか、私と長年ずっと一緒にいたGRがカタカタと音をたてて動かなくなった。

2005年秋に発売されて、私はその少しあとに購入しているから、もう6年以上は毎日毎日せっせと私の雑な扱いに耐えて写真を残してくれた大切な友人。でもこんなに長い期間、1度修理にも出されて、ハードな扱いに関わらずずいぶんがんばってくれた。

普通なら旅のはじめにカメラが壊れちゃったら、嫌な気持ちになるんじゃないかと思うけど、その時はなんとなく、この旅の間に壊れるというのがこのGRらしいな、と。
おつかれさま。

東京生活で窮屈に狭くなった私の気持ちをこの旅はあっという間に溶かしてしまい、3日目にしてほとんどのことのこだわらず、イライラもせず、この世界がとても愛おしくて、なにもかもを楽しめる自分になっていた。

私に残されたのはニコンのFE、予備機のFE2、FA。ただしこれはフィルムカメラ。完全なる遊びのため。

ライフワークの食べ物の写真などの記録用に、GRに代わるコンパクトデジカメが必要だった。幸いカズベキは1泊のみの予定で、その翌日にすぐにグルジアの首都のトビリシへ戻った。トビリシならデジカメくらい簡単に買える。

そういうわけで、ここにある写真はすべて、トビリシで購入したフジフイルム製の充電式で一番安いデジカメで撮ったものです。本当はサムスンの方が格段に安かったんだけど、日本人としてはやっぱりね。

この安いカメラはシャッターはおもちゃみたいに軽く、最後の方にはもう押せなくなるんじゃないかと心配だったけどがんばってくれました。

そして何より、写真を撮るということが私にとってどんなことなのか、あらためて感じさせてくれました。

その時の気持ちや感情の動き、そういう何かがほんの少し写っていればそれでいい。
そしてもしそれが大切な人たちにちょっとでも届くものであれば、もっといい。
手紙を書くように写真を撮ったらいい、そう伝えてくれた先輩がいます。

1枚でも2枚でもそんな大切な友人に宛てた手紙のような写真が撮れていますように、と今はフィルムの現像が出来るのを待っているところです。


7月6日に日本を出発して8月6日に帰国。
行った国は、アルメニア、グルジア、ウクライナ、モルドバ、ルーマニア、ハンガリー、スロバキア、オーストリア、イタリア。全部で9カ国。1ヶ月にしてはあまりにたくさんの場所を訪れたので、体力的にはとてもハードでしたが、すべての場所を楽しみつくしました。

今回はダイジェスト写真を載せます。(時系列じゃないです〜)


人生2回目のモスクワ空港。乗り継ぎ待ちが長くて、かなり大変だった。
前回のトランジットの時はパスポートを取り上げられて、個室に閉じ込められた嫌な思い出がある空港。
すっかりビルも新築されて、パスポートチェックも簡単で、10年以上の年月は世の中をすっかり変えるだけの時間なんだとあらためて実感。


エレバンの宿。
いつもながらルートは漠然と決まっていても、泊まる宿などはほぼノープラン。
タクシーの運転手にここを紹介してもらったんだけど、このコトがこの旅を素晴らしい時間にするすべての始まりだったように思います。
旅行中、インターネットで何かを調べるということは一切せず、持参したガイドブックで概要をつかみ、あとは現地の人にきいて情報を集めるということで前に進んで行きました。
ああ、これが旅だって、久々に思いましたね。ドラクエみたいなものです。


そうして現地で心を開いて行くと、たくさんの良い出会いがありました。
彼女たちはトビリシの街で出会った女の子達。一緒にロープウェイと丘を登りました。


全然予定外にものすごく苦労して行ってみたら山の上にレストランを作っているおじさん達が。大歓迎で、ウォッカやワインをたんまり振る舞ってくれて、山を下りるときは酔っ払って、それが最高に気持ち良かった。

そのあとにも前日知り合ったグルジア人のバーベキューに下山途中に遭遇し、飲め飲めと。安ワインとビールを10杯以上飲んじゃった(正確には覚えてません)
足元がおぼつかなくなるほどに泥酔。
宿に帰ると、他の西洋人のゲスト達が泥酔状態を見て大笑い。
それでも翌朝6時にはマルシュートカ(乗り合いバス)に乗って移動。ハードな旅です。


グルジアでは毎日トレッキングばっかりしてました。
標高が高いので、すごい体力がつきますよ。


マルシュートカ(乗り合いバス)には、街と街の移動でとてもお世話に。
運転手に頼めば、宿も教えてくれるし、次の乗り換えのマルシュートカへ電話をして待ってくれるよう伝えてくれます。
そういうバスって、本当にいい。


ウクライナのクリミア地方。地図を見て、これは一体何なんだ!?
細い道が110キロ続いてる。
これは行かなくちゃ、ということで車を1日チャーター。
道が悪くて完走は出来なかったけど、誰もいない海の美しさ!


12年振りのブダペスト。
美しいということは覚えていたけれど、再び、あまりの美しさに胸が熱くなりました。
まだ20代前半だった私の当時の気持ちもいろいろと思い出したりして。
代わらない景色がそこにあってくれることはありがたいことです。


長旅でご飯が恋しくなると、中華料理屋へ行くんですね。
12年前、何度も何度も通ったこのお店はまだ健在でした。
でも今はあの頃のようにすごく貧乏じゃないし、長旅でもないので、もっとおいしいお店へいっちゃいました。


何度か通ったカフェ・モーツアルト。閉店してました。


今回のテーマのひとつは、やりたいことをやりつくす。
円高も手伝って、常にその土地のおいしい料理を食べられるだけ食べました。
って、これは豪華な食事でなく、電車の食堂車の食事ですが(笑)
これでも、昔の貧乏旅行の時代には出来なかった贅沢。


旅に出るとなぜかコーラばかり飲むんですね。


今回の別のテーマ、行った国のお酒は、出来る限り飲む。
特にビールとワインは毎日たくさんたくさん飲みました。


2夜連続の夜行列車での移動。
1夜目は2等で、エアコンなし、窓も開かず、トイレの横でハエにたかられたりで散々。
反動で2夜目は1等の一番良い切符を購入。円高と東ヨーロッパだから出来る散財。
でも貧乏性で、寝るのがもったいなくて、食堂車でかなりの時間を過ごしちゃいました。

今回は1ヶ月の間に6回も夜間の移動。若い頃の貧乏旅行では、宿代を浮かせるためにそんなことばかりしてましたが、この年になるとややハードです。が、寝なくても毎日しっかり観光はしましたよ。


震災直後、ほとんどのお客さんがゲストハウスを出て行く中で、彼らはわざわざ大阪から東京に来てくれました。そのことがどれだけ私を元気にしてくれたか、今でも覚えています。
ヨーロッパに行くことがあれば会いに行くから、という約束を今回果たせました。
夜中ブラチスラバを一緒に散歩。美しかったです。


ブラチスラバからウィーンの電車では、疲れ切ってしまい、大きな口を開けて眠り込んでいました。チケットチェックで起こされて、隣のスロバキア人が、すごく疲れてるんだねえと声を。そこから話しが始まり、翌日のウィーンでマドンナのコンサートに行くということをきく。え?マドンナが明日くるの?

運良くダフ屋からチケットを安く手に入れて、観に行っちゃいました。
しかも彼女の表情などがしっかり見られる場所です。
マドンナ、最高!


マドンナのコンサートからホテルに戻ったのは1時過ぎ。
それでも朝は起きて、パッキングして、移動。
今回は民宿のソファーから5ッ星まで、あらゆるところに泊まりました。


ゲストハウスにボランティアに2年連続で来てくれたメアリーに会いにイタリアへ。
良いところだからおいで、って言われてたんだけど、想像以上にいいところ過ぎて、感激しっぱなしでした。


飛行機でバックパックがなくなって、メアリーの服を借りて観光。
この時はこの格好で7時間もひとりで歩きました。
ちょっとクレイジーな東洋人に思われている節はありましたが。


夜中12時くらい。野外でこんな盛り上がり。イタリアだなぁ。


お天気にすごく恵まれた旅でした。
もともと私は超晴れ女なので自信を持っていたのですが、再び証明です。


旅の最後の夜、日の出ならぬ、月の出を見ました。
丘のてっぺんで、はじめてあった人たちと一緒に。とても不思議な時間。
月が出るときも、その瞬間あたりはほんのり赤くなるんですね。
少しずつ、少しずつ、月が昇っていき、ひとつずつ、ひとつずつ、星があらわれる空。
幼い頃プラネタリウム少女だった私には、とびきりの時間でした。


空港に向かうモーターウェイ。朝日。


旅の最後に見送ってくれる人がいるというのは、なんて幸せなことだろうって思いました。


モスクワから東京行きの飛行機は、それまでと違いエアバス330。
その割には乗客が少なくて、隣に人がいないのを良いことにまずいワインをがぶ飲み。
ほとんど寝てないのに眠るのがもったいなくて、映画と景色を見てました。


もともとはこれが見たい、というのがこのたびの始まり。
ひまわりはどこにでもあるのですが、この畑は丘の上の斜面にあり偶然見つけました。
ワイナリーで6杯試飲したあとだったので、気分良く丘を登り辿り着いた景色。

やりたいこと以上のことをやり尽くして、今、日本の生活にどうアジャストして行こうかという、贅沢で難しいことで困っています。

でも思うのは、やっぱり旅は最高。
日本でも、働き盛りの人たちが、もっとこんな旅ができるようになると、楽しい国になっていくんじゃないかなって思ったりもするんです。

ああ、そろそろ会議に行かなくちゃ。
ちゃお。
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旅に出ます。

 3年ぶりに旅に出ます。

期限が切れていたパスポートを取り直し、飛行機のチケットを予約し、古いカメラを点検。
昨日の夜、慌ててバックパックにあれこれ詰め込みました。

私が仕事をする会社の目標のひとつ。
1年に1回、ヨーロッパのいくつかの国のように、1ヶ月くらいの休暇をとる。

さて、成田に向かいます。
乗る飛行機はアエロフロートです。

行ってきます!




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