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2001年 カシミールの思い出 My travel memory of Kashmir 2001

2001年夏、インドを旅しました。

計画が立てられないノープランバックパッカーだった私は、とにかくインドに行くっていうこと以外はほとんど決めず、パスポートとフィルムをバックパックに詰めて飛行機に乗ってデリーに。

 

最近カシミールのニュースをよく見ます。インドとパキスタンの問題は当時から変わらないけれど、緊迫度が増しているようです

紙焼きの写真はいくらか発見できたけど、当時の日記は整理のつかない山の中に埋まっているので、頼りない記憶で旅の思い出を書いてみます。(記憶違い、事実違いがあるかもしれませんが、旅日記ということでご容赦)

 

カシミールに行くことになったのは、たまたまデリーで知り合ったインド人がカシミール出身だったから。カシミールという場所の美しさの話を聞き、どこに行くか決めていなかった私はじゃあ行ってみようと。

 

世界情勢や国際関係など、いまだに疎いんだけど、当時は今の1000倍何も知らなかった私。行くと決めてから、カシミールってちょっとやばいところ、っていうことを知った。当時も確か、首脳会談が行われるとかで、その結果次第では、パキスタンから銃撃されるかも、なんていう話が飛び交っていた。

 

けどなんか大丈夫そう、っていうので、バスでひとりカシミールへ向かう。

そしてカシミールはといえば。

とっても美しい場所でした。

朝の水上マーケット。

早朝に野菜などを船上で売っていました。

蓮が延々と咲き乱れる美しい湖。

 

こんな感じに蓮の花。

ボートを止めると、湖面は鏡のようになって、あたりはシーンと静まります。

 

ボートハウスに暮らし、水辺で洗濯。こんな日々の営み。

 

ボートハウスでお世話になってました。

ここのご家族にはあちこち連れて行ってもらったな。

 

カシミール滞在中に思っていたこと、あったこと。

やはりライフルを持った軍人が街に多いなぁと。

 

そして、一度、交渉ごとに駆り出されたことがありました。

利害関係のない日本人という第3者に立ち会って欲しいと。ここは日記を見つけたら、どんな状況だったのか詳しく書いているかもですが、とにかく軍人さんと街の人と、何かのお話の立会い。

あれは役に立ったのだろうか?

と今になって思う。

 

私にとっては、カシミールはとても美しく幻想的な場所。

問題が解決して平和になって、友人たちに訪れて欲しい場所。

でもやっぱりよく分かっていないな私。もう少し、カシミール問題についてちゃんと勉強しなくちゃいけないですね。

 

カシミールを後にした私は、その後ラダックの方面に向かい、ネパールやバングラも転々としてインドに戻った。

インドに戻ったのち、コルカタからヴァラナシに向かう夜行列車に乗っている時、ニューヨークでは、アメリカン航空11便とユナイテッド航空175便がワールドトレードセンターに突入した。

 

でもその日からヴァラナシにしばらく滞在していた私は、ガンジス川を毎日眺め、河川敷で焼かれる人間を眺め、牛の死体が流れる横で沐浴をする人たちを眺め、片足がないおじさんとおしゃべりをし、毎日チャイを飲んでいた。

 

インターネットがまだダイヤル回線だった時代。
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