旅人文化ブログなんでも版

旅ってなんだ? 旅人ってどんな人?
よく分からないけど、旅って面白い!
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日本のバックパッカーはどこへ?

今日は、ヨーロッパの旅行記はお休みして、今回の3週間のヨーロッパの旅で感じたことをちょっと書きます。

今回は北欧を中心に3週間旅をし、ほとんどは友人宅に泊めてもらっていたのですが、3箇所ほどホステルに泊まりました。多分、その町ではほぼ最安値のホステルです。

以前、そのようにヨーロッパのホステルに泊まっていたのは1999年から2000年にかけてなので、もう10年ほど前です。あのときには数年後にはまた旅をしに戻ってくると思っていたのですが、なんともあっという間に10年が過ぎてしまいました。

さて、あの頃のヨーロッパは冬で、どちらかというと旅行者の全体数が少ない季節だったのですが、それでもホステルや安宿に行くと、ほとんどの場所で日本人に出会ったものでした。もちろん場所によっては、日本人どころか全くお客がいないという場所もありましたが。。でも、少なくとも、私が今回訪れたのは、それぞれの首都や観光地なので、大学生のバックパッカーなどがいるんじゃないかと想像してました。

それが、今回出会ったのはたった一人。途中すれ違った人もいましたが、その数の少なさにちょっと驚きました。一方、増えていたのは韓国の人たち。10年前には、韓国の人のバックパッカーはまだまだ少なくて、時々出会うと珍しいですねと話しをしていたものですが、今では女の子の一人旅もかなりいます。

この頃では、みんなお家が好きで、半径2キロから遠くへはあまり行かないとか、日々の生活、身近なものを大事にする心を大切にしようとか、そういうことが言われていたりしますが、もしかしたら、このバックパッカーが減少している感覚(実際にそうだと思うのですが、何しろ北ヨーロッパのみ3週間のみだったので。。)は、そういうところからも来ているのでしょうか。

私が子供の時には、外国に対して憧れがあって、いつか自分は外国に行くんだ!と完全に思い込んでいました。そして10代も終わりの頃に実際に飛び立ち、そこから世界がどんどんと広がっていくことが楽しくて仕方なかったです。

こういう感覚は、私だけでなくて、多くの人たちが持っていたと思います。旅をしている間には、本当にたくさんの同じ気持ちの人たちに出会って、そこでの出会いは今でも続いていて、かけがえのない友人として繋がっています。

でも、確かに、旅と言うのは恐ろしい面も持っていて、一度旅に出ると、本当に意味で帰ってくることが出来なくなる可能性があります。気持ちが、どこか遠くに置かれてしまうというか、簡単に言えば癖になる。世界を見れば見るほどに、もっと見たくなってしまう。日常とかを大切にする、という視点が欠けてきたりする。あるいは旅そのものが日常になってしまうとか、そうであって欲しいと願ってしまう。

それでも、やっぱり、旅はいい。
ただのごく潰しなんだけど。そして、特に日本の社会では、一度旅に出ると、社会に復帰するのは難しい。でも、大学生は休学して旅に出れば、全くハンデにならないから、それも旅に出ない理由にはならない。

だんだん文章がまとまらなくなってきましたが、
日本人バックパッカーが少なくなっている感覚について、
仲間が減っているからなのか、とても寂しい気持ちです。


そうだ、旅に出よう!

旅人文化の合言葉。
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今更なのだと思いますが、新聞について。

大人と呼ばれるようになってもうかれこれ10年以上は経ちますが、未だに分からないことや知らないことがたくさんあるなあと、日々、誰かと話をするたびに思うこのごろです。

少し前ですが、地下にもぐったところにある飲み屋で飲んでいた時に、地方紙についての話が出ました。

私は愛知県の三河の出身で、幼少時代は中日新聞を読んで(子供なのでテレビ欄を読むわけですが)いて、それが当然に思っていて、少し大きくなって新聞配達のアルバイトをしたときに、読売や朝日を取っている人もいるんだということを知って、なんとなく、ふふーんと思っていました。

でも、そのことについて深く考えることもせず、大人になって、東京に来て、東京の人たちが朝日や読売を読んでいる横で、東京新聞を取ってみたりしていて、そのときも深く考えもしなかったのですが、その飲み会の時に重大なことを知ったのでした。

私は、今までの人生の経験で、日本全国にはそれぞれに中日新聞のような地方紙があって、みんな地元の新聞を読んでいるのだとばかり考えていたのですが、どうもそういうわけではないということ。

逆に言うと、いくつかの大きな地方紙が全国にはあるけれど、そうでない場所のほうが多くて、みんな朝日や読売なんかを読んでいるんだそうです。

なんかこんなことをあらためて書いているのは、ちょっと恥ずかしいのですが、私にとっては何かものすごい驚きで、そうだったのか!と感激すらしたのでした。

地元でずっと生活をしていたらば、もしかしたら一生そういうことも知らずにいたのかと思うと、とても不思議な気持ちになります。あるいは、地元を離れてすでに10年以上過ぎているので、そういう状況というのは何かしら変化しているのかもしれないですが。

どっちにしても、そういうことは知っていても知らなくても、大して生活に影響があるとは思えないですが、なんかこういう一つ一つのことを驚きながら知っていくことについては、大げさですがどこか人生に影響を与えているような、そんな気がしないでもありません。

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旅の準備を任せきりで。。

来週、梅雨の真っ只中に屋久島に行く予定でいるのですが、大体、こういう予定を入れると仕事もなぜかすごく忙しくなってくるもので、飛行機のチケットを取っておいただけで、あとはほとんど何も出来ずにいます。

それで一緒に行く友人に、宿の予約など一切を任せきりにしてしまっています。ああ、すみませんです。

私のほうがはるかに旅慣れているし、そもそも私が鹿児島に行く用事があるんならついでに屋久島に行った方がいいよ、そうそう、そうだ、私も一緒に行く!とか言って決まったことなのに、飛行機だけ取って任せちゃって本当に申し訳ないです。

でも、よく考えてみると、私も旅慣れているとはいえ、なんというか、準備をそれほどしないという旅がほとんど。とにかくそこに行ってから宿でも何でも探して決めるっていうスタンスばかりだったから、実のところ準備は不慣れなのかもしれないです。。

飛行機のチケットを取るとか、現地で宿を探すとか、そういうことは得意なんだけど。

でも旅の勘みたいなのは身についていて、友達が見つけてきた宿の情報を見てどこがよさそうか検討をつけたり、ガイドを探すにあたって、ネットで何とか協会とかに所属している人を探すよりも、地元の宿の人に紹介してもらったほうが面白い人が見つかるだろうとか、そういうことって旅人としては普通の感覚ですが、文字などの情報を頼りに旅行をすることが当たり前のようになっている雰囲気の現代では、実は少しだけ違う部分なのかなとちょっと思いました。

でもそうは言っても、失敗する可能性だっていくらでもあるから、友人と一緒という場合にはちょっとだけ緊張しますね。本当なら失敗って言っても旅なんだから失敗も何もないんだと思うのですが。。

ということで、そろそろ少しは自分の準備のことも考えないといけないなあとあせりつつ、毎日の仕事が終わらないでいます。はい。

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英語がうまくならない、旅行英語からの壁

義務教育でひとまず英語をボチボチ勉強していた人ならは、旅に出ると必要にかられて英語を話せるようになります。道を聞いたりとか、お店で値段を聞いたりとか、そういったことについては大体大丈夫。ジェスチャーなんかを交えれば、結構いけます。

ただ、期間が短すぎたりとか、とくに誰かと会話をする必要のない旅であったりする場合では話せるようにはなりません。

とにかく放り出された感じで、必要にかられるというのがポイントです。これは自分の経験や周囲の人たちを見ていても間違いないです。

でも、ここでペラペラと英語を喋っているように見えて、実は心の中では冷や汗をかいているというのが、多くの旅人の現実なんじゃないかと思います。(もちろん東大生や外語大とかで本当にペラペラの人もいますが)旅をしているだけならそれほど問題ではないけれど、じゃあ、日本に帰ってきて、知り合いなんかに、あんた英語がペラペラだから今度ちょっと通訳をお願いするよ、なんて言われたら笑いながら後ずさりしてしまう。

これって結構コンプレックスです。

そういっても、ある人たちからは、それだけ話せればいいじゃん!って言われるのですが、そう言われれば言われるほど、心の中でそんなことないんですぅ、と小さくしぼんでいく。

でも、厭味なやつだと思われたくないから、顔は妙な形で笑って、へへへ、はは、まあねえ、なんて答えにならない言葉を口にしている。

そんなたびに、ああ、ちゃんと勉強をしよう、もっと単語を覚えよう、ちゃんと英語で本を読もう、と思うのですが。はい。

そんな風に悩んでいると言うと、日常的に周囲に外国人がいるんだから、うまくなるでしょ?ともよく言われます。

でも周囲の外国人たちと英語で話していて、これを続けていれば英語がうまくなる、と思っている人は実はある部分では間違えです。日本人でも日本語がちゃんと話せない人がいるように、英語圏の人であっても、相当な教育を受けている人でないと、でたらめな英語を話したりしています。文法、それ、間違ってるよ、と指摘したくなるくらいに。

そして英語圏でない人たちと話していると、正しいと言われる英語で話をすると、逆に混乱をすることがあるので、たとえば、"5th(フィフス)"というべきところも、"5(ファイブ)"と言わないと通じないとか。

そんななので、現状の英語力を維持することができたとしても、上達するということにはなかなかならない。

ということで、結局は自分で勉強とかするしかないんですね。

というようなことを、何年も何年も考えているわけです。はい。
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冒険心、旅心。

「まりりんはよく失敗するよね」
とちょくちょく言われます。

とくに言われるのが、食堂とかレストランとかを選ぶような日常の出来事。それ以外にも結構大きな何かの決断に対しても、自分でもよくそう思います。かなり失敗が多いんです。お店に入ってから、ああしまった!と思うことなんてしょっちゅうです。

でも、失敗しないようにするとなると、じゃあ、いつも行っているあの店にしようという風になったりして、それはそれで真っ当なことなんだと思うのですが、どうしても冒険心が働いてしまうのが旅人の性でして、そうこうしているうちに失敗をうんと重ねてしまうんですね。

だからと言って、全て失敗しているわけじゃなくて10のうちの1,2は結構当たったりもするので、当たったときには大喜びして、失敗したときには勉強させてもらったなあと思っていると、どちらにしても笑っていられます。

ということで、今日も多分、ああ、しまった!って思うこともあるけれど、まあ旅人の精神を引きずって生活をするということは、結局そういうことなんだと思って、周囲になんと言われようと失敗をちゃくちゃくと重ねて行こうと思っています。(って、巻き込まれる人には、本当に申し訳ないんだけど。。許して!)
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ルー語が笑えない理由

昨夜、たまたまテレビをつけたらルー大柴がでていて、例のルー語(というのでしょうか?)で話をしていました。

でも、あの言葉を聞いていても、実のところおかしくもなんともなくて、面白さがほとんど感じられないのはどうしてだろう?と思って、ちょっと考えたのですが、理由は簡単でした。

自分も普段、外国の人と話すときに、ああいう風な妙な日本語というか英語を話しているのです。特にこのごろは、日本語が分かる外国人とも多く接する機会もあり、そういう場合には特に日本語と英語が混ざるというか、一体何語で話しているのかが分からないくらいに、妙な言葉で話しています。

たとえば、時間を言うときに、イレブンオクロックでしょ?、となぜか「でしょ」がついたり、「ザッツ、本当に、ビューティフルね」なんて真面目に普通に言っています。もちろん、この場合は相手が「本当に」という日本語を知っているということを、自分も分かっていて話をしているのですが、とくに考えるでもなく、すらすらとこんな言葉ばかり使っています。

ということで、ルー語が面白くないというよりも、あまりに身近すぎて、普通の人に見えてしまうということでした。そう思うと、なんか普段から日常がコメディになっちゃってるという感じなのかもしれません。
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チベットの暴動のニュースを受けて

私がチベットの問題について、いくらか考えるようになったのは、7年ほど前にインドを旅行中に二人のチベット人に出会ってからでした。

一人はアメリカに亡命したチベット人で、save tibetのTシャツを着ていました。同じ宿に泊まっていて、お茶か何かをしているときにいろいろ話をしました。

彼はチベット独立運動に関わる活動をしているそうで、それまでチベットの問題についてほとんど知らなかった私は、あれこれ彼に質問をした記憶があります。その質問に答えるように、チベットと中国の関係の概要を教えてもらいました。

私がそうした独立に関して身近な問題として興味を持ったのは、それより少し前に旧ユーゴスラビアの地域を旅していたときで、そのあたりでは内戦のあとが深く残っていて衝撃を受けたものでした。
たまたま、やはり同じ宿に、日本から来た大学院生がいて、彼はその地域の問題を研究しているということで、何が起こっているのかということをいろいろと教えてもらいました。

それまでにも内戦直後のカンボジアなども訪れてはいましたが、民族の紛争とか、国という大きなものが行使する力などについて、もっと深く考えるきっかけになったのは、多分あの旧ユーゴの旅あたりだったのかなと思っています。

チベットの話に戻りますが、あれから7年の間に中国国内ではチベットへ続く鉄道も開通され、私はラサに行った事もありませんが、一体これからどうなっていくのだろ?と心に引っかかりを持っていました。

今回の暴動に関しては、ロシアがこういう問題が起きる時のいつものように中国支持を表明した以外は、どちらかというと世界の多くの人たちがチベットを援護する立場にいるような雰囲気ですが、やはり内政ということになるので干渉はできないと言うことになるのですね。

私は中国も旅をして、たくさんの中国の人たちに助けられた思い出があるので中国に関しても悪い印象はあまりないのですが、政治に関していうとやっぱり強烈なのかなあと思ったりします。

この問題はこれからどうなっていくのでしょうか。

もう一人のチベット人との出会いのことは次回のブログに書きます。
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海外からのポストカード

まだほんの幼い頃、祖父母の家の近くの公園で外国のコインを見つけました。とてもドキドキして眺め、大切に宝箱に入れていた記憶があります。

まだ、10代で外国に旅立つ前、海外にいる友人がポストカードを送ってくれました。何か非常にうれしくて、何度も何度も眺めていた記憶があります。

私も旅に出るようになり、あちこちから手紙やはがきを送っていました。旅の途中では中央郵便局留めにして送ってもらって、友人などからの手紙を受け取っていました。このことは以前もここに書いたと思いますが、メールの登場によって、そのように手紙を送ることも受け取ることもとても少なくなりました。

去年の10月に2週間ちょっとの旅に出たとき、久々にポストカードを何人かに送りました。ひとり静かにそれぞれの人の顔を思い浮かべて字を書くというのは、メールを書くのとは違う緊張感がありました。

さて、ここしばらく、とてもとても忙しくて休みなく日々働いて、かなり気持ちもパサパサして体もつかれきっていたのですが、そんな中、予期せず2通のポストカードが届きました。

海外からのポストカード

タイの北の方と、ニューヨークの友人からです。

二人ともメールでもやり取りをしているのですが、こうして遠くの国からのはがきを受け取ると、メールとは全然違ってなんだか日常からほんの少し離れて気持ちがスーッとするような気がします。

ありがとう。
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旅は恋愛に似ている?

このごろ、私の周囲は結婚ブームと言いましょうか、すでに4月までに4組の結婚式に出席するということになっております。そのほかにも結婚式には出席しないけれど、入籍した人や婚約した人もたくさんいて、おめでたい限りです。

でも、結婚というのはなかなか大変なものだなあ、とちょっとしたひがみも含んだ気持ちで考えたりします。

ある男の子が、数ヶ月前から彼女と一緒に生活をすることになって、もちろんそういう意味では幸せそうなのですが、ボソっとひとこと、別々に暮らしてデートをして遊んでいた楽しい時期は終わり、あとはどんどん下り坂、なんてこぼしていました。

恋愛の時期がだんだんと終わっていって、現実的なことがどんどんと表面に出てきて、日常と生活の中で彼女と関わって人生設計をしていくという転換期にはそういう気持ちを抱くものなのかなあ、と思ったりします。結婚も婚約もしたことのない私には、偉そうに言える事なんてないんですが。。

さて前置きが長くなりましたが、旅の楽しさというのもなんだか恋愛に似ているのかもしれないなあ、とこのごろ思います。日常から離れて、生活とは違う時間の流れのなかに身をおく。その時間の中で毎日がワクワクして、日常では目にとまらなかった花を美しく思ったりする。

でも、その気持ちで旅から帰って、そのままの気持ちで毎日が送ることができればいいのにと思っても、日常生活というのはなかなかそう思うようにさせてくれず、また現実の世界に、徐々にあるいは急激に引き戻される。

その現実に戻ったときに、それでも道に咲く花に目がとまり、美しいと思えるような生活ができればいいのになあと思います。
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名が知れた場所しか行けないとしたら

昨日の午後、少し息抜きをしようと思ってチェーン展開しているカフェに入りました。

中野駅周辺のチェーン展開をしているセルフ式のカフェは、大体どこも満員です。普段は1時間くらい時間があるときには、のんびりした喫茶店に入るのですが、20分程度コーヒーを飲むだけと言うときには、安いし便利なのでよく利用します。

昨日は私が座った右側の席に男の子2人が、左側の席には女の子が2人、おしゃべりをしていました。

男の子たちは、北欧のガイドブックとそのあたりのことが書いてある雑誌を見ながら、旅行のスケジュールを組んでいるようでした。ガイドブックを見ながら、現地に思いを馳せていくという作業は、なんとも楽しいことです。彼らもとても楽しそうに見えました。

そうこうしているうちに女の子たちはコーヒーを飲み終わり、これからどうする?という話になっていました。

ブラブラする?この辺って有名なカラオケ屋がないから行けないんだよねえ。名が知れてないと怖いよねえ。

そんな会話を聞きつつ、妙だなあと思いつつ私もコーヒーを飲み終えました。有名なところしかいけないとなると、一体どこに面白い場所があるんだろう?

日常と旅とは全然違うのかもしれないですが、旅においても誰も知らないような怖いところに出かけていくという気持ちが、その旅を楽しくするように、日常であってもそういうことがいえるのではないかなあとなんとなく思うのでありました。
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