旅人文化ブログなんでも版

旅ってなんだ? 旅人ってどんな人?
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街と人生

 久々の更新です。すみません。

今日中野の南口にある、一匹一匹を丁寧に焼く、天然物のタイヤキを買って事務所に行きました。たいやきが焼きあがるまでに時間がかかるので、ベンチに座って、無料でいただけるほうじ茶を飲みながら待っていたのですが、この場所、以前は八百屋さんだったんですよね。

八百屋さんをやめる少し前には立ち飲み屋も夕方から始めて、私も他のお客さんと肩をつき合わせて飲んだなぁ、って、ふと記憶がよみがえってきました。

今はタイヤキ屋で、以前や八百屋さんだったということを知らない人もいるだろうし、そろそろタイヤキ屋がなじんできて、八百屋さんの記憶が薄れてきたかもしれない時期。

中野の駅の周辺の街は、そんな風に、あちこちお店が入れ替わったりして、そのたびに、あっ、新しい店だ!今度行ってみよう、と思ったりするわけですが、以前店をやっていた人にも、これから店をやる人にも人生があって、そのみんなの人生が今のこの街のひとつひとつになっているんだな、ともうすぐ中野住民として10年になるとしみじみ思ったりします。

ネコがウロウロしている鳥皮の酢の物が山盛りに出て来る焼き鳥屋もないし、昔から古かったなんていわれてた喫茶店クラシックもないし、私がまだ若かったときに小料理やスナックなどのママさんたちに接する機会をくれた45番街もあとひとつお店が残るだけ。いろんな人生と一緒に街の姿も変わってきました。

旅をして面白い街というのは、多分、そういう風にして、人の営みが作り上げている町なのかもしれない、と、ふと思ったり。

久々の更新ですが、タイヤキを買って思ったことでした。
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宮城、仙台の旅2日目 塩釜から松島に

塩釜から松島へ向かう遊覧船は、団体ツアー客が乗っていたこともあって、すごく賑わっていました。塩釜の街をとことこ一人で歩いていた時にはあまり多くの人を見なかったので、正直に言うと遊覧船もあまり人がいないのではないかと想像をしていたのですが、そんなことありません。


マリンゲート塩釜で船を待つ人たち。平和な風景です!
まだ私が行ったときには建物は修復されていない部分があり、展望スペースなどには行けなかったのですが、こうして遊覧船の運行を復活させて、お土産などを元気よく売るみなさんを見ていると、本当に人ってたくましいな、と思いました。
復興市なども積極的に開催しているのが、ホームページを見るとよく分かるし、観光で訪れることでも復興につながるということも感じられて、私のような何の考えも無く行ってすしを食べるだけというちょっとイタイ人間でも、それでもいいかと思えました。

塩竃 松島 遊覧船
しかしながらこの日は巨大台風が西日本を北上しているところで、海は大荒れ。入り江の中で普段は波もなく穏やかだということが全く信じられないくらいに、太平洋側に出た時には波しぶきが船にばしゃり。ツアー客などは、笑って楽しんでいるけれど、ひとり旅の場合には、きゃーと言ってみても気持ち悪い人だし、なんともこういう時の楽しみ方って難しいぞ、と心の中で思いながらウミネコや松島の島々を眺める。ウミネコの子供の目はすごく優しいのに、どうして大人になるとあんなにも鋭くなるんだろう?

塩竃 松島 遊覧船
大荒れでも景色は美しく、久々の海はやっぱり良い。初松島で、自分がどんな風に感じるのか楽しみだったのですが、純粋に良い景色だな、と。
途中、案内役のおばちゃんがジョークを交えていろいろ説明をしてくれるのですが、被災した場所のことなども笑いながら説明をしてくれたりして、すごく楽しめました。楽しむというと誤解があるかもしれないですが、そうして大変なことも笑い飛ばして、そして船の中でもお土産を売りまくるたくましさ。すごい! もちろん、今だってつらく大変な日々は続いているんだとも思いますが。。

今度は波の無い日にまた乗りたいな。


松島に到着。
たくさんの人たちです。これから塩釜に行くんですね。


ちょっと疲れ気味だったので、すぐそばにあったお店でずんだ大福アイス(?)とコーヒーで一休み。ふう。


瑞巌寺へ。この参道はすごく気持ちよかった。
本堂は大修理中、国宝庫裏と陽徳院お霊屋が特別公開していました。
ところどころ、ほんの少しだけ白壁が落ちているところがあったけれど、地震の影響はほとんど無い様子。入り口で案内などをしているお寺の方に建物の構造や装飾についてなどの話を聞く。昔のこういう建物は、地震にもびくともしないんですよね、とにこにこと笑っていらっしゃった。


これが台所だったなんて、すごいですよね。


その後円通院へ。
お庭が美しかったです。もっと若い頃は、あんまりこういう景色などに魅入ることも無かったのですが、お茶を習っているからか、歳をとるというのはこういうことなのか、なんだかいいなぁとぼーっとしてしまう。ふむ。


思い描いていた松島のプランでは、地図に書いてある足湯まで足を運ぶつもりで、そのためにタオルもキチンとバッグの中の取り出しやすい場所に入れていた。けれど足湯で足を癒す前に、もう足湯まで足を運ぶだけの力が残って無くて、今回は断念。足湯さん、ああ、足湯さん、足湯さん。松島での大きな心残り。次回は必ず、波の無い日に遊覧船に乗って足湯に入るんだと誓う。

松島海岸駅からの景色をぼーっと眺めながら仙石線が来るのを待つ。待っている他の人たちみなさん、なんだか幸せそうだった。

仙台に戻り、今回の最後の目的地になった、ブックカフェ火星の庭へ。何のプランも無く、仙台についた時、ツイッターでつぶやいたら、ここへ行ってください、と返信が来た。完全にノープランだったので、情報が集まり次第に予定が決まっていく。もちろん、いきますとも。

松島
ということで、店に入り、天井まで並べられている古本をあれこれ眺める。その中の1冊を購入し、カフェスペースで、チェコビールとキノコのピザトーストを頼む。本がたくさん並ぶ店内で、ピザトーストをつまみにビールを飲める喜び。歩き疲れた体が一気にリラックスしていく。

店主の子供さんが、踏み台に乗って背伸びをして高いところにある漫画本をとりだして、店の片隅で読みふけっている。なんて幸せな空間なんだろう、と旅人の私なんかは思ってしまう。
こういう幸せな空間を創るためには、毎日の地道な仕事の積み重ねが必要なんだろうなと思うけど、ふと立ち寄った人が、こうしてのんびり出来るという空間ができるのはすごいことだな。

あ、この写真の向こう側に、子供さんが本を読んでいるのがちょっとだけ見えます〜。

仙台
このオーナーさんご夫妻が、この空気を創っています。

仕事柄、旅人と接することが日常である私は、毎日が非日常と日常が入り乱れた時間を過ごしているような気がする。どこかに境界線みたいなものを作ってしまえば、それはそれで簡単になるんだろうけれど、そもそも、日常とか非日常とかそういうことは意識して分けるのではなくて、それぞれの人の中の心の中にクルクルと形を変えながらなんとなく存在するものなのかなとも思う。

結局のところ、長旅をしていた時には、旅そのものがすでに日常であったとしか言いようがなかったし、今、毎日働いていることが日常であるのかといえば、あまりにもめまぐるしい変化の中に身を置いていると、日常であるという現実感が薄れてくることもある。

どっちにしても、ま、こうして今日も無事にビールを飲める喜びを感じられているから、もうこれ以上のことはないな。と、毎日ビールを飲むたびに思うのですが。


お母さんと二人で写真を撮らせて!と頼んだけど、恥ずかしいよ。
でも良い写真を撮らせてもらいましたよ。ありがとう〜。


すっかりあたりは暗くなり、良い雰囲気のブックカフェ火星の庭

財布に入っている最後のお金で、駅弁とお土産を買い、新幹線へ乗り込む。日はすっかり暮れて、新幹線の窓からの景色はずいぶんと暗かった。以前はもっと明るかったと、他の乗客が話しをしているのが聞こえる。
でも私が10年以上前に冬の仙台を訪れた時も、窓からの景気が暗かったというイメージが残っている。実際はどうなんだろう。

東京駅について、中央線に乗り換える。
椅子に座ったとたん、なんだかずいぶん遠くに行っていたな、と思う。
でも混み合っている中央線に乗っていると、買ってきた古本とお土産を手に持っていなければ、仕事帰りのような気分になってくる。

あれこれ迷って行った仙台行きだったけれど、とにかく、行って良かった。
行く先々で、観光ですみません、とつぶやくたび、来てくれるだけでうれしいんだよ、と優しく笑顔で言ってくれたみなさん、ありがとうございます。

何か私にできることはないか、なんて思ってみたりして、勝手にあれこれ考えたりしていたけれど、結果として、今回の東北の旅はそういう頭の中でこんがらがった思いをほぐしてもらったということになりました。

震災の話になると少し涙がでそうになるときもあったけれど、今回の旅で出会ったみなさんは、ご飯を食べて、お酒を飲んで、本を読んで、仕事をして、毎日生活を営んでいて、このひとりひとりの日々の営みこそが、復興というものへ大切なことなのかなと思いました。

ひとりでも多くの人たちが、日々の営みに戻ることが出来ますように願うことしかできませんが、本気で願っています。

そして、思ったこと。やっぱり旅は良い!
仙台も、塩釜も、松島も、元気に復興に向かっているすばらしい観光地。
どうぞみなさんも、時間があってどこかに行ってみようかなという時には、ぜひ!
今の時期は、秋刀魚の寿司、絶対です!
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宮城、仙台の旅2日目 塩釜へ

仙台の旅2日目。

静かな仙台の夜、久々の男女共同のドミトリーでの寝心地はなかなか良く、朝までぐっすり眠る。
でも、このドミトリー。多分、世の中の半数以上の人は体験をしたことがないのかなと思うのですが、こういう環境でもへっちゃらであると、無理だよ無理!っていうのは、いったいどのあたりで分かれるのでしょうか。育った環境でしょうか。

私が初めて泊まったドミトリーは、学生時代に友人と旅行に出かけた時に泊まったユースホステルだった記憶があります。なぜか記憶が曖昧で、いったいどこに行った時だったのかなどの詳細は覚えていませんが、リビングで鉄道オタクのお兄さんたちと夜話し込んだことと、古い建物の薄暗い空気感はしっかりと心に残っています。

それからしばらくして、10代の後半、オーストラリアに行って行き当たりばったりで見つけたキングスクロスの安宿のドミトリーが、次のドミトリー体験。このときの部屋は女性だけで、英語もろくに話せない私に親切にしてくれた同室の女の子たちとの思い出があります。

でも別の部屋に滞在していたニュージーランドの男の子につきまとわれて、それがいやで出て行くことにしたのですが、今思えば、私も本当に若くて純粋だったんだなと笑えちゃいます。今なら、そんな風につきまとわれても全然動じたりしない。その前に、やっぱりそういう隙みたいなものが私のすべてにありありと存在していたんだとも思う。ま、今ではそういうことは関係なくて、そんなことで困ることも無いのですが(笑)年齢を重ねるとはすばらしいことです!

その安宿を出て次に行ったのは、ジョージストリートというメインの通りにあった、今は無きシビックホテルという安宿。ものすごく大きな部屋に二段ベッドが延々と並んでいるというすごいところで、男女共同という概念なんていうことよりも、もうあらゆる人種や種類の人間が集まっているという不思議な場所でした。

でも結局私はそこに1ヶ月ほどいることになり、いろいろな人たちとの生活を楽しんだのでありました。あの小汚く、どこかの収容所のようなそんな場所が、なんとも居心地良く感じていたのは、やっぱりそこに泊まっていた、あるいは住んでいた人たちが面白かったからですね。そこで出会った日本人の女性とは今でも連絡を取り合っています。インターネットが無い時代時代としては、なかなかすごいことです。

ちょっと話がそれましたが、これが私自身にまだ純粋さがたっぷり残っていた頃のドミトリー体験で、これは今でも旅をするときのひとつの自分の基準みたいなものになっているのでは無いかと思います。

さて、仙台での朝。
目を覚ましてから、そのまま天井を見ながら頭を整理する。今日はまず、こうしてああして、どこに行って。1階に行って、フリーのコーヒーをいただき、オーナーさんに挨拶。静かなのんびりとした空気が流れる朝。縁側に座ってぼーっとするのが気持ちよい。個室に泊まっていた女性も縁側に出てきてたばこを吸う。ライブで仙台に来たんだそう。

これが長旅の途中であれば、もう、こうしてのんびりと1日を過ごすんだろうな、と思いながら、チェックアウトの準備。

塩釜
宿や萩さん、お世話になりました!
とても良い安宿でした。

さて、まず向かうは塩釜。
昨日噂に聞いた、震災で被災したけれども再開をした仲買市場へ。
観光マップのコピーをいただいていたので、行けばなんとかなるということで、仙石線に乗り込む。

塩釜
本塩釜駅に到着。今回の旅で、どこを歩いても、がんばろう東北の文字が。ここではハンカチでつくったパッチワーク(?)が。

塩竃


さてとりあえず、地図に観光案内所と書いてあるので、探してみる。うーん、ないなぁ。JRの改札のお兄さんに聞いてみると、無くなったんですよ、とのこと。
この先を行った建物の中に、簡単な案内所みたいなのはあるらしいんですけど。ということで、その建物に向かうことに。

ああ、そんなこと聞いちゃいけなかったなぁ、とちょっと思いながら、歩き始める。

駅のすぐ前のところは、すごくたくさんの人だかり。え、観光客が団体で来ているのかなと思ったのですが、良く見てみると選挙活動。
その後も街を歩く先々でいろいろな候補者が演説などしていましたが、やはり公約は「速やかな復興」。

塩竃
信号はまだ動いていない場所が多くて、警察官が交差点の真ん中で誘導していました。ちなみに神奈川県警の人たちが派遣されているようでした。写真の向こう側のたくさんの人が選挙活動に集まっている人たち。
信号はまだ動いていない場所が多くて、警察官が交差点の真ん中で誘導していました。ちなみに神奈川県警の人たちが派遣されているようでした。写真の向こう側のたくさんの人が選挙活動に集まっている人たち。

結局、観光案内は行っては見たものの、まだ朝が早く開いてなかったので、とにかく歩くということに決定。地図で見る限りではそれほど遠くないみたいだし。

と、歩き出したのですが、仲買市場まではかなりな距離がありました。太陽がじりじりと熱を発する下で、とにかくひたすら歩く。
街を歩いていると、何か不思議な気持ちになる。
被災して、あちこちが破壊されていたりしている。傾いた電柱、骨組みだけの家。
震災直後は本当に大変だったんだろうな、と想像はできるけれど、ほとんどのすべてはきれいに片付けられていて、人々はそこで生活をしている。




昔ボスニアを旅したときのことを少しだけ思い出す。
街の中の建物も道路も銃弾の跡ばかり。子供たちは戦争ごっこをしている。でも夜映画館に行ってみると、満員御礼立ち見もあり、みんな声を上げて笑って映画を見ている。人々はそこでたくましく生活を営み楽しんでいた。


仲買市場に到着。
外にはお土産屋さん、たこ焼きの屋台なども出ている。
駐車場には多くの車が停まっていて、ずいぶんと賑わっている様子。車で来られる距離の人たちが、食材を調達しに来ているみたい。

ぐるっと市場を見学とちょっと買い物。ところどころ空いている空間があるけれど、たくさんの魚などが並んでいる。9月から解禁になった秋刀魚は、台風で船が出せず、まだ宮城産としては売られていないんだよ、でもこっちのやつはおいしいよー、とおじさんが説明をしてくれる。朝ご飯を食べてない私はあちこちで試食。何もかもがおいしいよー。

私は乾物や佃煮などをお土産に購入したのだけど、あちこちで、箱に入れてクール宅急便で送れるから大丈夫だよ、と新鮮な魚なども勧められた。みなさんしっかりと商売をしている。かつて、ここが全国から来る観光客で賑わっていたんだなぁ、とそのやりとりから感じられる。津波に襲われてから1ヶ月あまりで競りを再開した塩釜の仲買市場、ぜひ、行ってみてください〜。


さて、また歩いて駅の方へ戻る。本当はバスがあるらしいけど、いまいち使い方が分からないから、もう腹を括って歩く。

おすすめされていた、すし哲には、11:00開店の10分前くらいに到着。すでに二人の女性が外で待っていた。震災前にはこのベンチでたくさんのお客さんが席を空くのを待っていたそう。


上寿司とあら汁。


これが一番おいしかった。秋刀魚の握り、あまりのおいしさに思わずおかわりしました。そしたら、はじめは背の方を出してくれて、おかわりのほうは腹の方を出してくれました。


よく見ると、メニューが書いてある右上に津波到達点が。

塩竃
これは震災直後のお店の様子の写真。
乙武洋匡さんがこのお店の常連さんのようで、震災について書いた本にこのお店が取り上げられたものを撮らせてもらったものです。

震災当日、大津波警報が発令されたのは、ちょうどお昼時期が終わったころ。みなさんで手分けして、津波が建物に入ってこないように取り付ける板を外に設置し、ビルの上に避難をしたんだそうです。それでも津波は建物の中に入って来て、お店の中は上の写真のように。津波のすさまじさがよく分かります。

カウンターの私の隣の席には、富山から来たという夫婦二人が座って寿司をほおばっていました。少し話を聞くと、前日に仙台で息子さんの結婚式があり、そのついでにおいしい寿司を食べたいということで塩釜まで足をのばしたそう。

息子さんはまだ二十歳を少し過ぎたくらいで、今回の結婚は急に決めたとのことでした。震災をきっかけに結婚を決めたんだそうです。家族として生きて行こうと。結婚相手の彼女は石巻の人。


朝ご飯も我慢して待ちに待った鮨をたらふく食べたあと、すし哲の大将に、塩竃神社に行かなくちゃダメだよ、と言われたので、急遽、予定を変更。神社まで歩く。炎天下の中すでに2時間近く歩いていたので、さすがに私も若干ばて気味。そして、なんと塩竃神社はものすごい丘の上にあるのでありました。
でも、途中でおばあちゃんがにこにこと挨拶をしてくれたり、森が青々としている空気が気持ち良かった。


ひとり若い女性が、長い長い祈りを捧げている姿。
あんなにも熱心に祈っている人を間近に見たのは、久しぶりな気がする。

塩竃
確かに塩釜に来たら塩竃神社に行かなくちゃいけないですね。とてもよい高台にあり、神社というよりもその場にいるだけで気持ちがスッとしました。

そんなすがすがしい気持ちで長い階段を下りたんだけど、さすがにバテ始めたのでバスにでも乗ろうかと考えて、地図を広げる。近くに周遊バスの停留所があるのを見つけて、そこへ向かう交差点の信号待ちで、なんとそれらしきバスが前を横切り、停留所らしき場所に停まって、そして走っていった。

今、見たものはなんだ!とくらくらする頭を抱えて、その停留所らしき場所に行くと、やっぱり間違いなく停留所。時刻表を見てみると、次に来るのは1時間後。。はい、歩きますよ。

とぼとぼと駅の向こうの遊覧船乗り場へ向かう。町並みは面白いのだけど、何しろ暑さにやられ始めている。でもこうなったら歩くしかない。

途中でタクシーが通り過ぎるのを横目でおいながら、ひたすら歩く歩く。多分、それほど遠い距離ではなく、暑くなければ走っても良いくらいだと思うんだけど。

それでも、前に進めばちゃんと到着するのである。

やったー!マリンゲート塩釜。

が、今度は、目の前で船が出て行くではありませんか。
次の船は1時間後。ま、これも行き当たりばったりの旅の醍醐味であります。

ということで、行き当たりばったりの塩釜の旅でしたが、自分なりにはめいいっぱい楽しんだのでありました。でも今度来るときはバスを使おう〜。

長くなってしまったので塩釜〜松島は次で書きます。






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仙台の旅の写真

前回は仙台の旅を追って書きましたが、初日の写真をもう少しだけ。


仙台駅周辺は、とても整備されている街並み。
以前訪れた時にはもう少し雑然としていたようなイメージがありますが、実のところあんまり覚えていません。。すみませんー。
商店街でササニシキアイスを食べたのは覚えてるんだけど。


夜の仙台駅。


東北きっての歓楽街、国分町。
土曜日の夜、賑わっていました〜。
やっぱり歓楽街はこうでなくちゃ!


ショッピングモールに響く歌声。
歌のある人生は豊かです。

では、次は宮城の旅2日目を書きます。


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2011年9月 仙台の旅 1日目

3.11の震災から、もう半年が過ぎようとしてる。

震災直後は、気持ちの整理のつかない中、仕事もそれまで通りではいかなくなったこともあり、毎日、ただひたすら、ある日は焦燥感にかられながら、ある日は無力感に包まれながら、ある日はこうして幸せで過ごせることをつくづくうれしく思いながら、過ごしていたように思います。でもとくにはじめの2ヶ月くらいは、ただ必死にあれもやんなくちゃ、これもやらなくちゃ、と焦りがひどくありました。

東京という街にいて、メディアやインターネット、友人知人から聞く被災地の話。何かしなくちゃいけないんだけど、何も出来ない自分。職場で救援物資を仕分けしたり、募金を集めたり、そういうことをしていても、何か現実味が無いままに、でもやらなくちゃという気持ちでただやみくもに出来ることをやる。

外国人も多く泊まる宿をやっているということもあり、そちらはある意味の二次災害で、放っておいたら倒産するのではないかという現実もあり、あるときは頭を下げて回り、これまでやっていなかったことを一つ一つはじめたり、こちらもとにかく闇雲にあれこれやっている日々の中、前髪に白髪がずいぶん増えました。

この半年というもの、気持ちが落ち着く日がなかったといったら、この東京でとくにけがもなく仕事以外は被害も無く過ごしている中では、あまりに贅沢な話なのですが、でもあえて正直に言うと、時々、友人や知人と笑いあえる時間、宿のお客さんが喜んでくれている様子をみる、そういう時に少しの間は楽になるというくらいで、基本的にはどこかいつも胸が苦しくて、まとまりのない考えがぐるぐると駆け巡って、夜中はあまり眠れない、という方が日常でした。

とはいえ、もともとは楽観的な性格なので、そんな気持ちと疲れた体を抱えながらも、周囲の人たちに支えられながら、それなりに元気に毎日を過ごしてきました。


東北にあれから一度も行っていない、ということも、そして行って良いのか、行くとしたら何をしに行けばよいのか、なんていうことについても考えていました。もう、ひとりよがりのどうしようも無いちっぽけな悩みであるなんていうことは分かっていて、でもそれでも考えてしまうのだから仕方がない。


そういうなか、宿とは別に、週末にしている仕事が両日ともに休めて、もうここで行かないということであれこれ考えはじめました。

でも案の定、あれもこれもやらなくちゃという仕事をしているうちに、あっという間に金曜日。知り合いにNPOの経由でボランティアの件も聞いてみたけれど、最低3日はやってもらわないとダメ、ということだったので、なんの準備もない自分が行っても足手まといになるだけだと思い、とにかくもう行ってみよう、ということに決めました。

土曜日の朝、目を覚まし、重い体と頭を抱えてぐずぐず。
やっぱりやめてしまおうか、という思いがちょっと巡ってきましたが、もうとにかく新幹線に乗ればいいんだから、ということで仙台行きを決行。鞄に洗面用具や着替えを簡単に詰め込み、朝食も食べずに出発。

中野駅の格安チケット屋で新幹線の切符を買い、電車に乗り込む。あとで気がついたんだけど、前日までなら、JRがディスカウントチケットを出していて、そちらの方が安いんだけど、まあ当日だったし計画性のない旅なんてそんなもの。そうして次回からはちゃんと計画を立てて行こうと思うのに、また同じことをしてしまう。

東京駅について、もう、こうなったら、観光をする、財布の中に入れたお金使い切るぞ、と決め込む。駅弁も値段を見ずに、おいしそうで食べたいのを選ぶ。

 2011年仙台への旅 やまびこ
やまびこ。
はじめて乗ります、多分。。
仙台には10年以上前に一度行ったことがあるのですが、その時は確か18切符。

乗り込む前に、仙台の安宿に電話。
無事に宿や萩のミックスドミトリーに予約できました。
ミックスドミトリーに泊まるのは2年ぶりくらいだな。

山彦
さて朝ご飯を食べてなかったので、新幹線に乗り込んで、早速駅弁!
ウニとホタテがおいしい〜☆

中央線に乗ってもそうではないのに、やまびこに乗り込んだとたん、急に旅の気持ちが高まってきました。そうだ、こんな気持ちだったんだ。

窓から外を眺めているだけで飽きない。同じような風景なんだけど。
でも途中からトンネルに入ることも多くなってきて本を読んだりして過ごす。
そうこうしているうちに、福島。そのあたりの車窓の景色は、所々屋根瓦の修理が出来ずにブルーシートをかぶせた家々。これが少なくない数ずっと続いている。

それから、その景色をまた眺めているうちにまもなく、仙台駅に到着。

駅のインフォメーションで地図や観光案内などを片っ端からもらい、窓口のお姉さんにお勧めスポットなども聞いて情報収集。

そして徒歩10分くらいの宿にチェックイン。

自分も宿をしているということは予約の時点では言っていなかったのだけど、ゲストハウスはよく泊まるんですか?という質問に、あ、私も宿をやっているので、と答える。
時々、ゲストハウスがどういう場所なのかを知らずに来て、文化になじめずに寂しい滞在をしている人を私も見ているので、同じような質問をお客さんにすることがあり、あ、そうだな、と。

宿や萩のドミトリーは、私自身がバックパッカー全盛期だった頃を思い出させてくれるすてきなところで、なによりも、宿全体に流れているのんびりとした空気がすごく気に入りました。
オーナー自ら布団を敷いてシーツを掛けてくださり、ありがたいことです。

布団の上で、もらってきた観光案内などをあれこれみて、とりあえず、どこに行こうかと漠然とプランを立てる。恥ずかしながら、私は、松島が仙台からそれほど遠くない場所にあることも知らなかったので、観光案内所でパンフレットと交通案内をみて、窓口で観光ができるのかどうか聞いて、初めて松島に行くということを決めたのでした。そう、松島は幸いにして津波の被害が少なく、復興も早かったとのことでした。

そんな具合に、まったくの無知の状態から少しずつプランを組み立てて、宿のリビングルームへ。フリーのコーヒーをいただきながら、オーナーさんにあれこれと情報をいただきました。牛タンはどこで食べたら良いかとか、夜遊べる場所とか。

宿を後にし、まず、少し仙台市内を歩く。
それから、同業者である別のゲストハウスさんに挨拶に行くために、仙石線に乗車。この仙石線も、はじめ読み方が分からず、人にせんごくせんはどこですか?と聞いてちょっと恥ずかしい思いを。。

ゲストハウス梅鉢さんは、仙石線の苦竹駅から5分少々のところにある、今年の8月にオープンしたゲストハウスで、ご夫妻が迎えてくださいました。

こちらは宿や萩さんとは違うキャラクター。新築でおしゃれです。
梅鉢ゲストハウス 仙台
本当は坪庭をしっかり作りたかったのだけど、予算があまりないという話を聞いた庭師さんが、工夫をしてこんなふうにしてくれたそうです。そういうの、いいですね!

梅鉢ゲストハウス 仙台
壁を塗ったときに、手伝ってくれた人たちの手形がいっぱいありました。

梅鉢ゲストハウス 仙台
お部屋もおしゃれです。

梅鉢ゲストハウス 仙台
シソジュースをいれていただき、あれこれお話をしました。ご主人の方は、庭仕事に忙しくて、途中からお話をさせてもらいましたが、オープンまでのご苦労や震災の時のことなど、いろいろと伺いました。
ひとつひとつ手作りでがんばっていらっしゃるのがとても印象的。
あと、いいな、と思ったのは、私がお邪魔をしている間にもご近所さんが数人訪ねていらっしゃったこと。料理人だったご主人がご飯を作ることが出来て、宿のお客さんとご近所さんが一緒に食卓を囲んで交流をしているそうです。いいなぁ。

梅鉢ゲストハウス 仙台
そのご夫妻。すてきなカップルですよね〜!

仙台
梅鉢さんを後にするころにはすっかり日も暮れて。
この写真は川にかかる橋の上なのですが、向こう側のお店はリバーサードなんちゃら(忘れました。。)という名前で、なんとも言えない雰囲気を醸し出していました。

仙台
さて、仙台駅にもどり、宿や萩さんで教えてもらった牛タン屋さんに。
牛タンの厚みにびっくり! 東京で食べる牛タンとは全然ちがいました。おいしい。

仙台
牛タンを食べ終わり散歩。再び駅の前。
本当は日帰り温泉にも行きたかったのですが、日程上、松島に行くなら無理。駅のインフォでの情報収集によると、とあるホテルで源泉温泉があるとのことで、値段は張るけれど、財布の中のお金を使い切ることに決めた私は、その高級ホテルの十何階にある温泉へ。

あ、でも温泉の写真はもちろんありません。
かなりの高層階なので、眺めが楽しめるかと思っていたのですが、スモークのシートが貼ってあってあまり見えませんでした。。残念。でも、ジャグジーも気持ちよく、体の疲れがすっかりとれました。値段が高いので次回は日帰り温泉の方になんとしてでも行きたいけれど、無計画の旅の中のひとつとしてはなかなかです。

さて温泉にも入って、もう夜も更けてきました。
牛タンを食べる時にはあえてビールを飲まなかったのは、もちろん温泉の後に飲むビールを楽しみにしていたからです。

やはり教えてもらっていた繁華街、国分町に。
それまでの道のり、アーケードなども人で賑わっていましたが、国分町に近づくごとにもっと賑やかに。途中、弾き語りのお姉ちゃんの歌なんかも聴きながらの散歩は気分が良い。

国分町に着くと、確かにたくさんの飲み屋さんやらなにやらがいっぱい。でも、女ひとりで飲めそうな店でなくちゃいけない。気分的にはというか、キャラ的にショットバーという感じでもないので、小さな居酒屋でカウンターで一人で飲めると良いんだけど、とゆっくり歩いていたら、ビビっとくる店が。


そんなわけで入ったのは阿古というお店。
生ビールを頼み、飲み始めてしばらくすると、向こう側にひとりでいる男性が外国人だということが分かる。もとバックパッカーでなんちゃって英語は得意。他のお客さんが通じなくて困っている風なところを、いやみったらしく、あら、どこから来たのかしら?おにいさん?なんて具合に行ければ格好も良いのかもしれないけれど、ま、普通に会話に入っていく。

聞いてみるとたまたまとあるの公演のために(ちょっと大きいところなので名前は伏せます)アメリカから仙台に来ているとのこと。他の仲間は、ホテルにこもっているけれど、僕はせっかくだからおいしいものもたくさん食べたいし、こういう場所で地元の人と話がしたいんだ、と目を輝かせて話してくれました。

詳しく聞いてみると、やはり、他の人たちは、放射能を心配してあまり外に出たがらないし、食べ物が安全なのかどうかも疑っているとのこと。

仙台
阿古で出会ったみなさん。楽しい仙台の夜になりました〜。

仙台
もう牛タンも食べて来ていたので、突きだしと、あとじゅんさいを頼んで、それで一杯飲めればいいかなと思っていたのですが、なんと、小ナスの漬け物と鰹のあぶりをごちそうしていただきました。この鰹がすごくおいしかった。でもニンニクは次の日まで残っちゃいましたが(笑)

塩竃
阿古のご主人と奥様。本当にありがとうございました。また仙台に行く機会があれば、必ず行きます。

そんな具合に夜はすっかりミッドナイトへ。
ちょっと遅くなりすぎたかなと思いつつ、ほろ酔いで気分よく歩いて宿へ。

宿では、まだまだ他のおきゃくさんたちもリビングでのんびりしていて、ちょっと安心。そのまったり感がまたたまらなく良い雰囲気。オーナーさんはフロントでお仕事をされていて、同業ということで少しそのあたりの業界の話をしました。
それにしても、ここのオーナーさん、経歴も面白いし、お話も面白いし、でものんびりとした雰囲気で、こういう方が安宿をやるとこういうまったりした空気ができるのかなと思いました。

そうそう、梅鉢さんで塩釜の仲買市場が再開を果たして今やっているという話を聞いて、そしてなにより寿司がうまいということで、翌日はまず塩釜へ行くことに。塩釜から松島まで遊覧船が出ているので、それに乗って松島へ行けば!という完璧なプランを胸に、ミックスドミトリーで眠りについたのでありました。

1日目の旅はここまで。

何か出来ることがあるかも、とか、いろいろ考えていたりしたけれど、すっかり仙台に癒されてしまっている自分がおりました。
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男が旅をしない時代?

実に久しぶりの投稿です。

独立起業から、創刊号の制作、販売宣伝と、
本当に目の回るような半年間でした。
苦心の末に世に出した雑誌はこちらです。
『アジアの雑誌』
どうぞ、お見知りおきを。

さて本題です。
先月のバンコクは、日本人観光客がとても多かったように思います。
震災・節電の影響で、例年よりも長めの休みを取る会社が
多かったからなんて話もあります。
震災で旅行を延期していた人が、この夏に大挙したのかもしれません。
で、その多くが女性。
若い男性もいるにはいますが、数は少ないような気がします。

「男が草食系になった、情けない!」
「男は日本に引きこもってネット見てるだけ」
「男は海外旅行をしなくなった」

確かにそんな傾向はあると思います。

タイにやってくる日本人旅行者のかなりの部分が女性です。
ショッピング客も、バックパッカーも、
女性のほうが多いように思います。
ひとり旅の姿も、いまや女性のほうが目立つ気がします。
男性は、買春オジサンは過剰なくらい元気いっぱいなんですが、
ガッツリと旅をしようっていう若い男性は確かに少ない。

昨年末に行ったウズベキスタンでは、
4人の日本人旅行者と出会いましたが、全員が女性でした。
彼女たちがその旅の中で会った日本人もやはりすべて女性で、
男性は誰もいなかったそうな。

男はいったい何をやっているのか?

……と言われがちな時代ですが、それでも少数ながら、
旅をする野郎はいつの世にもいるものです。

先日、某大学の学生さんふたりが、
私のオフィスに遊びに来てくれました。

東南アジア諸国を1か月に渡って旅をして、
行く先々で現地在住の日本人に会って話を聞きつつ、中国まで北上、
そのまま北京の大学で留学生活に入るということでした。

私なんぞの話に耳を傾けて、
真剣にメモなんか取っちゃったりする貪欲さ、
将来はアジアを舞台にビジネスをしたいというひたむきさ、
そして旅の経験、海外の経験がほとんどないながらも
一生懸命に旅をしていこうという真摯さに、オジサンは感激しました。

旅をする男は、ちゃ〜んといるんです。

流行に乗るかのように旅をしていた人々が減っただけで、
旅人はいつの時代も一定数、必ずいるのだと思います。

時代もあるし、不況もあるし、男の肩身は狭い。
旅行どころじゃない男も多いでしょう。
それでも世界を見てやろうという奴は確実に存在する。
そう思わせてくれた、学生さんたちでした。

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旅はいつまでも、旅。

この旅人文化のブログは2006年の6月から書き始めているので、もうかれこれ5年が過ぎたということになります。

旅人文化振興会という会を発足することになったのは、中野のどこかの居酒屋で、飲んであれこれしゃべっている時に、よし、じゃあ、旅人文化振興会がいいな、といういつもの調子で始まったのを覚えています。

そのとき、旅人文化、と言ってみたものの、それっていったいなんだろう?とその時にも話したり考えたりしたし、今でも、なんだろうそれ?って考えて見たりもします。

そんな風にして一つの言葉の中に意味とか役割とか定義とか、そんなものを見つけようとはしてみましたが、結局のところ、よく分からないな、というのが今の実感です。

なにしろ、この5年、そして私自身が田舎を出たのはもう16年前で、しばらくは根無し草のような生活をしたあと、今は仕事のために自分があまり旅に出ないという意味ではもう旅人なんて言えないかもしれないけれど、今している生活そのものはなんとも旅に密着しているので、旅というものに関わりながらの人生ももう少しで半分を占めるというところにきました。

この間に、旅はずいぶんと変わりました。
うーん、これは違うな、旅は変わらないのかもしれないです。
人の旅の仕方が変わりました。
私自身も飛行機の予約をはじめいろんなことをインターネットでするようになったし、宿のお客さんに情報を提供するときも、インターネットがないととても無理です。これは旅が変わったというよりも人のライフスタイルがすっかりと変わったということの一つの例なんだと。

それで、旅がつまらなくなったか、とかそういう話を聞いたりもするけれど、私はそんなことは全然ないなと思っています。

昔だって、今だって、つまらない旅をしている人もいるし、でもそのつまらないと私が思っている旅は当の本人にとっては最高に面白いのかもしれない。

少し話しはとびますが、旅に関わる仕事をし、そして実際に旅人と言葉を交わすことを日常的に仕事としていると、どこでラインを引いたらいいんだろう、と考え込むことがよくあります。そしてどんなに考え込んでもいつまでも曖昧なまま日々過ごしています。

自分が旅人だったときには、世界のあちこちで、場所によっては旅人を見つけたら手伝うことが言い伝えや宗教的な教えであり、それを守って、歓迎してもらいました。あるいは単純に好意で通りすがりの旅人にご飯と笑顔をたくさんの人がくれました。彼らにとっては仕事でもなんでもなく、旅人に手をさしのべることが大切な文化であったり、単純に楽しいからかもしれないですが、それは旅をとてもすてきなものにしてくれる出会いでした。

でもこの東京でなんらかのかたちで旅人を迎え入れるには、そこに仕組みとお金が必要です。

もちろん個人的にボランティアか何かでやればいいんじゃないか、というのもあるかもしれないです。

でも、そうない方向を目指して、10年前から小さいながらも少しずつ旅人を迎入れる仕組みなどを作ってきて、その仕組みを作り上げてお金を回していく時に、どこでバランスをとるのか、ということも、重要なことの一つだと感じています。

確かに時代は、そういうことをばかげている、あるいは不器用だという、そういう時代になっているのかもしれない。ビジネスと文化は分けて考えた方がいいというような。

でもそんな不器用な人間が、何とかしてバランスを取りながら、旅人を迎える文化と、経済の中での仕組みを、両立させていけることが出来れば、なかなか悪くないんじゃないかと思っています。文化というと大げさだけど、単純に例えば出会ってお酒を一緒に飲んでただ笑うというようなことが自然とできる、そんなこと。そこにちょっとした仕掛けがあったとしても、自然と、というのはポイント。
それがもっとやりやすい時代が来るといいな、とも思いながら。

さて、今日もまとまらないですが。。
旅がどこまでも自由であることを願って、
ああ旅に出たいなぁ。
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ぼやけているとか、シャープであるとか

地デジの対応を、自宅では何もしていませんでした。
なので、カウントダウンが始まった時、もうこれで家ではきれいさっぱりテレビとお別れすることにしようと心に決めていたのですが、なんとも、あの日の夜、テレビをつけてみると、映っている!

世に言うデジアナ変換とやらみたいだ、ということです。

でもなんだか、私のあの決心は何だったんだ!とちょっと腹が立ったので、あれ以来、地震があったときに速報を見る以外にはテレビをつけていません。自分でもばからしいと思うのですが、まあ、そんな自分がこんなもんだということで、仕方ありません。

代わりに、せっせとお金をツタヤにつぎ込んで、DVDを観るという日々になりました。
でもこれも困ったもので、良い映画を観て眠りについた翌朝は、ずいぶんと良い目覚めなのですが、ちょっといやな夢を見そうな映画を観て眠りにつくと、予想通りにいやな夢を見て、変な汗をかいて、夜中何度も目が覚めたりして、どうにも目覚めが悪かったりします。映画のせいだけではないのでしょうが。。

ちょっと前置きが長くなりましたが、そんな訳で、先日観た映画は「ファッションが教えてくれること」

ヴォーグ誌の編集長や社内のドキュメンタリーなのです。

私はどちらかというと、そちらの世界にはかなり疎いのですが、予告編で、ニューヨークのキャリアウーマンの生き様の一端が見られそうな気がしたので、借りてきました。

全体の映画の感想は、ここで書くようなこともないので省略しますが、その中で、ひとつ印象に残った場面というか、言葉がありました。

ある編集者が、9月の特別号に載せる20年代ファッションの特集に使う写真について語っているところで、その人は、
「私はソフトが好きなの、最近はみんなシャープなのが好きなんだけれどね。」
というようなニュアンスの話をしていました。

私も、写真を撮る仕事もしているので、いくらか写真については考えることもあるのですが、同じように最近の傾向というか、シャープなものが受け入れられやすいという印象があります。私もどちらかと言えば、ソフト、それはソフトフィルターをかけたようなものでなくて、例えば輪郭がなんとなく曖昧というか、つかみ所がないというか、そういう方が好きです。

それは写真以外でも、そういう好みかなと思っています。輪郭がはっきりとしないけれど、全体でみるとしっかりと形を成しているみたいな。いつものようにうまく言えませんが。。

旅で言えば、スケジュール通りとか、絶対安全とか、ガイドブックに書いてあるとか、では無いところが、やけに面白いというような。これも誤解されないように付け加えると、人と違うとかそういうことではなくて、深みにはまっていくようにそのあたりに惹きつけられて胸がドキドキしながら行ってしまうというようなことで。

とはいえ世の中の主流はシャープになりつつあるのは、やっぱりそうかなと思うので、私もおいて行かれないように、シャープな女にならなくちゃいけないかしら、と頭では考えてみるものの、全然そうなれないというところが、これまた困ったもので。

でも90年代にディープなバックパッカーをやった人は、多分、これは断定出来ませんが、多分、なかなかシャープにはなれないのかもしれない、とも思ってみたり。

あ、でもでも、今日会ったキャリアウーマンさんは、元パッカーだって言っていたなぁ。やっぱり、人それぞれですね。。
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アジアの雑誌 創刊!

久しぶりの更新です、すみません。

何かが劇的に変わったということはないようなのに、地震のあとにあれこれと忙しい日々です。
でもやることがあると言うのは、あんまり余計な事を考えなくて良いのでありがたい。やることがありすぎると大変ですが。


友人が関わって作っている「アジアの雑誌」が創刊しました!

私もさっそく紀伊国屋書店へ行って旅行関係のコーナーで探してみたのですが見当たらない。あれ、発売日も間違えてないなあ、とか思いながらあちこち探してもない。。

とりあえず、近くにいた店員さんに聞いてみると、「ああ、ここに!」と言いながら、でもない。どうもそこにたくさんあったみたいですが、すでに店頭に出ていたものは売り切れていて、倉庫から持ってきてくれました。すごいですね。

さて、早速、カフェのカウンターで広げて読み始めましたが、さすがに女性が堂々と公衆の面前で読むにはちょっと恥ずかしいページ(広告も含めて)あるので、読めるページをこそこそと読むということになりました。本当はこんなの読んでるんだぜ!と周囲にアピールしたかったのですが、さすがにそこまでまだ女を捨てられなくて、、残念。

その内容ですが、そういういわゆるバンコクのないとスポットとかいったようなページもたくさんありますが、震災のリポートもあったり、とにかくアジアに関することが広範囲にわたって書かれていて、今までにない新しい雑誌のように感じました。何かにとらわれず人間のあらゆる興味を表現しているというと、ちょっと大げさかもしれないですが。

アジア好き、旅好きの方は、是非、読んでみてくださいー!
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旅で自分は見つかるのか?

旅に出る理由やきっかけって、なんでしょうか。

私の場合は、はじめ、旅に出る・海外に行くというそのこと自体が目的でした。漠然と、こんなこととかあんなことをしてみたいなあ、という思いはありましたが、なんと行っても、飛行機に乗って外国に行って、そこに住んでみる、というのが一番の目的。

もう本当に何にも考えちゃいませんでした。

その目的のために、情報を集めたり(当時はインターネットがないので、本屋や大使館に出かけたり、誰かに相談に行ったりそんな収集方法ですね)、ひとつひとつの準備をするのはウキウキでした。

しばらく前から、自分探しの旅、ということがずいぶんといわれていますが、自分を探すために旅に出るという人って、どれくらいいるんだろう?と、なんとなく考えたりしています。

それ以前に、旅で見つかるだろう自分というのは、どういうものなんだろう?というのも考えたりしています。

たぶん、旅だけでなく、自分の好きな仕事とか、自分らしい人生とか、そういったものを探すというのも、実は似ているのかも。

でも旅に出ると、肩の力が抜けて、普段は感じないエネルギーとかそういったものを感じるのは本当で、そういうときにいろいろと考えて、何かをふと思うというのは、何かしらを見つけるきっかけにはなるのかもしれないです。

そして、そのときに得たエネルギーで、帰ってきて何かを始める力が湧いてくるということがあるのも、私も体験しているので確実にあるのかな、と。

そろそろ旅に出たいなあ、と思う今日この頃です。
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